「八月は残酷な季節」そう言ったのは兄だった。
灼熱の大地の前に、人は否が応にも自分の存在を確認しなければならないから。
兄は高校生にしてとても哲学的であったが、哲学特有のニヒリズムの欠片も無く純白な精神を持ち合わせていたと幼かった私は記憶している。私はそんな兄が好きでよくつきまとっていた。
蜃気が黒いアスファルトの道路から沸くあの真夏日。昨日母親が切ってくれていた西瓜を食べようと冷蔵庫に手を伸ばした時、誰かの足が見えた。僕はその足を見て部活からさっき帰ってきた兄がふざけて台所で寝ているのかと思い、あっさりと西瓜の切れ端を手に取ってかぶりついた。甘い感覚が口の中に染み渡る。種を皿に吐き出して、甘味を存分に味わってから、兄の分を取ってあげようと冷蔵庫からまた西瓜の切れ端を取り出した。
ぐるりとテーブルを回り兄の頭がある方向へ向かった。西瓜の切れ端からぽたぽたと雫が落ちる。私は寝ている兄をびっくりさせようとその雫を頭の上から落とした。
兄は起きなかった。私を驚かそうとしているんだな、そう思いながら西瓜の切れ端の先端を兄の頬にピタッと付ける。それでも兄は起きずに安らかな寝顔を晒している。私はあっさりとつまらなくなり居間に戻って再放送のアニメを見た。夏休みの贅沢を存分に味わうことにしか興味が無かった。
その内母親が帰ってきて買い物袋をぶら下げたままキッチンに直行した。もう、こんなとこで寝ないでよ、ほらあ、そう聞こえた。私は西瓜をかぶりつきながらアニメに夢中になっていたのだが、母親の悲鳴が聞こえてきてキッチンの方を振り向いた。慌てた母親が携帯電話で救急車を呼ぶ声が聞こえた時、西瓜の味などまるでしなかったし、そう、あれからだ、私は西瓜を嫌いになった。
重度の熱中症で兄がこの世を去ったと父親から聞かされた時、私はこの時点で決意していた。大好きな兄を奪った奴を殺してやろうと心底思った。それから私はこの時を動きながら待って、今その瞬間を迎えようとしている。
「歴史的瞬間だな」
禿げ上がりそうな頭を掻きながら中年の男は机に腰を掛ける。
「全ての農作物が屋内で製造できるようになった時点でこうなることが分かっていたのか?」
中年の男は私に質問を投げる。
「いや、それは分からなかったです。しかし温暖化を考えるとこうなってもおかしくはなかったでしょう」
私は前半部分に嘘を通しながら答える。
「お蔭さんでウチの党の支持率も上がっている。つまらない景気低迷を抜け出す法案を通せたのも君の発明のお陰だよ。ネックはあるんだがな」
中年の男はおでこを掻いた。
「今回のことを安保理の議決だけで押し通せたのには何か訳が?」
私は少し立ち入ったことを聞いた。
「オフレコで頼むよ。まあアメリカはNASAを飼ってる、我々はロシアと共に宇宙開発に莫大な金をかけてきた実績がある、中国は設備投資の名目で金を回したがっている。イギリスもフランスも特に反対するべき理由がなかった。我々は常任理事国ではないが、君達を飼っているという理由だけでいいポジションに着くことはできる」
中年の男がハンカチを取り出し額の汗を拭う。
「国連加盟国からはその、何も?」
私は窓の外を一点に見つめる。
「軍を借りることで内外のアピールになるならあいつらは何でもするさ。ゴミ掃除ともなると世界中の軍隊の力が必要になることは君達が一番よく分かっているだろう?」
私は宇宙に散るであろう残骸を回収することになるそれぞれの軍の今からの苦労のことを思うと少しぞっとした。
「なんせ人類の歴史始まって以来、自然に逆らうことになるんだからな。そして自然に逆らうことが人類の繁栄と共存に繋がるのならば、どこの国も黙ったまんまじゃいけないだろ?」
中年の男は少しだけ笑った。
「最初は絶対に不可能だと思ってたよ」
私は中年の男の目を見る。
「どうしてですか?」
中年の男は下を向いたまま言葉を紡ぐ。
「俺も一応理系でね。熱核融合反応を簡単に止めさせることなど出来ないと思ってた。アレの中心は水素とヘリウムを燃料としていて、単に爆発物をぶち込んだだけじゃ中心に辿り着く前に融合反応が起きフレアを起こす。それをまあよくもピンポイントで磁場を起こして重力を操り中心に核をぶち込もうと考えたもんだ」
私は少し黙ることにした。
「まだあるぞ、アレがなくなったら星の序列が重力によってズタズタにされる。最悪惑星同士がぶつかる危険性だってある。それを一蹴し星の並びをそのまま保つためにドイツが開発した宇宙空間で重力を引き起こすあの化け物みたいな装置を実用化して宇宙へ上げようと提唱したのも君だったなそういえば」
「ええ、まあ、破壊後の問題を解決したのは各国の軍関係者と学者達ですけどね」
私は空に伸びていく一筋の光を見た。
私はこの文章を読んでどうしたものかと眉を上げ下げする。
「続きが書けない。あんたbloggerでしょ?この後どうするかなと思って」
知人のスナックガール(というのも似合わない三十路)からなぜか俺に持ち込まれた文章を読んで新年一発目の難題が訪れたと分かった。リアリズムを追求するのなら、この後太陽がなくなり、地球上に光が無くなり、人類は死滅するオチをつけることができる。しかしこれはSFなので、人工太陽をぶち上げて復讐を果たした主人公が満足するオチ、または満足しないで人類皆殺すオチ、等々様々なオチが考えられるが、これは女性からの質問だ。慎重に、彼女が思った通りの答えを提示しなければならない。正に難題。脳みそフル回転で俺のミライを逆回転させ答えを導きださなければ。
「少林寺木人拳...四丁拳銃...キレキレの日本刀...Saints...改造された内閣...メタルウルフカオス...無敵の大統領...スタローンは死んでいるか...」
「無理だろそれ」
学がなく頭も悪い私を見透かす彼女のスナックコミュニケーションで鍛えられた眼が光り口が動く。私は煙草を取り出し一服。ランダマイズされたドラムンベースビートを足疾に頭の中で鳴らし現実から逃げることを考える。
「じゃあ、そん時ちょうど日食で、間違って月に核当たっちゃったとかどう?」
「んー悪くない」
私の頭の中の消しゴムがどんどん動きどんどん消してマリオペイント並の雑さを見せる。
「じゃあたまたま惑星周期がなんかなっちゃって惑星が一列にならんじゃってビリヤードのように衝いてつながっちゃう団子みたいに!あ、あとパラレルワールドが!」
「何言ってんの?」
お気に召さない。
「じゃあ太陽がなくなって困る異星人がいきなり地球に上陸して地球人に対し説得を始めるとかすげー夢があるすげー!」
「んー」
富樫でありレベルEである。No, No more. Grid it, grid it down!!
「もういいわ。あんがと。キャバ嬢が空から降りてくるendにするわ」
何だよーそれよー。
彼女が思い出したように口を開く。
「あ、明けましておめでとう」
「ああ、明けましておめでとう」
「早く結婚しろよ」
「オメーもな!」
彼女が引き下がりドラムンベースが鳴り止む。敗北の味はマルボロの味だと誰かに教わったような気がするがそれだと私は万年敗北者だ。デヴォン青木が私ににやにやしながら蹴りを入れてくる。膝裏超いてーよ。
新年一発目の難題の答えは、私はbloggerだったのだが、彼女もまたbloggerだったということだ。